会長退任挨拶
会長退任にあたって
辻井潤一(東京大学)
2年前に飯田前会長のあとを引き継ぐ形で会長となり,やりたかったこと,あ
るいは,やるべきであったことを残して,島津明・新会長にバトンタッチする
ことになりました.ただ,それでも大過なく会長の重責を果たせたのは,会員
各位の支援,そしてなによりも,会員各位の活発な学会活動の故と感謝してい
ます.
実際,本学会は,他の情報処理や言語学関連の学会に比べ比較的小規模な学会
ですが,論文誌の量と質,全国大会の参加者数などからみた学会活動は,極め
て高い水準を維持しています.流行で作られた学会が数年間の活発な活動の後,
徐々に衰退していく現象,あるいは,大規模ではあるが幽霊会員を多く抱えた
学会に見られる停滞現象など,近年,多くの学会に見られる,いわば,病的な
傾向を考えると,我々の学会は,例外といっても良いかと思います.
また,本学会は,前会長・飯田会長の時代に,学術会議を構成する,いわば,
正規の学会と認められ,科学研究費の評価委員の推薦や学術会議会員選挙にも
参加するようになりました.同様に,私の会長時代には,情報処理学会をはじ
めとする4学会とともに,IT戦略会議に対する提言をまとめました.若い会員
の方には,このような学術会議を介しての活動や学会の社会的な活動の重要性
の認識は,あまりないかも知れません.しかし,職能者集団としての学会が,
他の研究分野と伍してその分野の研究を促進し保護していくためには,その学
会が社会的に認知された正規のステータス持ち,社会的な影響力を持つという
ことは,極めて重要なことです.
以上のように,我々の学会は,研究活動の実質でも,社会的な認知でも一人前
の大人に成長しています.そういう状態で学会を引き継げたことは,私にとっ
て幸いでした.ただ,学会の未来ということを考えると,いくつか,これから
準備しておく必要がある課題があります.課題は,多岐にわたりますが,以下
では,そのうちの2点,国際化と分野の流動性について私見を述べておきたい
と思います.
国際化は,ここ10年,手垢のついたキーワードになっていますが,日本の学
会にとってはお飾りのキーワードではなく,真剣に考えるべき問題になってい
ます.国際学会や国際的な学術誌の増加,研究の評価の方法など,今後,日本
の研究者が英語で成果を公表することが必然化し,それに伴って日本語論文誌
や日本語での学会活動の比重が著しく低下することは避けられないでしょう.
また,ACLをはじめとする国際学会からのアジアへの働きかけも顕著です.こ
ういった環境で,言語処理学会という,日本を中心とした学会をどう国際的な
組織とつなげていくかが,ここ数年の学会の最大課題になると思います.
日本の学会を解消してすべてを国際学会へ集約していくのも一つの方向でしょ
うが,日本国内での研究の交流と促進,あるいは,日本の研究者のInitiative
確保など,さまざまな理由から,国内学会の解消という方向には,個人的には
同意しかねます.上で,日本の学会(我々の学会)と国際的な組織との連携が
課題というのは,そういう前提での話です.
既に別の機会にもニューズレターに書きましたが,この問題に対する私の解決
策は,アジア諸国の国内学会の連合体を作り,国内学会の自律性を保ちながら,
多国間の研究交流を進めていくこと,その中で,日本の研究コミュニティが全
体として相応のInitiativeを確保していくこと,です.この方向の努力は,ア
ジア言語処理学会連合(Asian Federation of Natural Language Processing
Associations - AFNLP)という形で実現しつつあります.我々の学会も,AFNLP
の中に入ることが理事会で承認されました.AFNLPが具体的にどのような組織
になるかは,これからのアジアの研究者,特に,質の面でも量の面でもアジア
で卓越した位置をしめる日本の研究者の熱意と努力に掛かっています.今後,
我々の学会が主体的にこのAFNLPを引っ張っていくこと,それを通して日本の
研究者がより大域的な研究活動を展開し,世界の研究の流れを自分達の研究興
味にそって形作って行けるようになることを期待しています.
もう一つの課題は,研究の流動性です.言語処理学会が創立した当初から,言
語処理の情報処理全般における重要性はますます大きくなってきています.そ
のこと自体は,我々の学会にとって良いことですが,同時に,言語処理の中で
閉じた研究から,情報検索,マルティメディアの中での言語とその処理,デー
タベースとテキストベースなど,情報処理のほかの分野と連携した研究が急速
に増えています.あるいは,認知科学,認知言語学,社会言語学など,言語学
や心理学の多様な分野との関連も深くなっています.言語と計算にかかわる研
究を見る限り,80年代までの統合の時代から,90年代の個別化の時代を経
て,再び,境界分野の統合が起ころうしているように感じます.
言語処理学会という,分野を特化した我々の学会は,90年代の個別化の傾向
とうまく合致し,他の学会には見られない研究評価手法の洗練とそれに伴う研
究の高度化を達成しました.ただ,個別分野での研究成果は,統合の時代には,
その文脈で再解釈されなければなりません.学会を一つの学会として成立させ
ている由縁である研究に対する態度(すなわち,評価の基準軸)を,新しい時
代に向けて,緩める,変化させる,再構築する,という態度が必要になってき
ていると思います.
新しい分野を他の分野と連携して構築していくためには,評価の軸を多様化す
るということですが,組織的にみると,Coherentな学会を作る基盤を見直すこ
と,もっと具体的には,他の学会組織の一部との連携を考えていくことが必要
になろうかと思います.すなわち,分野を特化した学会の利点を保ちながら,
他の学会とどう連携し,新たな分野の展開を準備していくか,これも組織とし
てここ数年で考えなければならない課題かと思っています.
退任の挨拶に,今後の難題を述べるという,すこし変な形になりました.ただ,
この2つの難題ともに,創生期から発展期に入った学会が抱える課題,学会を
どう発展させていくかという,むしろ,積極的な課題です.島津新会長と新執
行部,会員各位の熱意が,この2つの方向での学会の発展を達成されることを
期待して,退任の挨拶とします.本当に2年間,ありがとうございました.
ACL2003(札幌開催)の準備状況について
The Association for Computational Linguistics (ACL)の主催する国際会議
である 41st of Annual Meeting of the Association for Computational
Linguistics (ACL2003)が,2003年7月7日より12日まで札幌で開催されます.
ACL2003の準備状況についてご報告します.
2002年7月7日より12日まで,米国ペンシルバニア大学で開催されたACL2002に
おいて会議が持たれ,各Chairの候補などが決定されました.各Chairについて
は,現在最終的な了承をいただいている段階です.また,ACL2002ではACL2003
のパンフレットを全員に配布しました.今後,Program chair や Call for
paper などを入れた最終版のパンフレット,ポスターを作成し,8月下旬の
COLING2002など関係する会議で配布する予定です.関係する機関に郵送あるい
はホームページからのダウンロードという方法で広く配布する予定でおります
ので,今後会員の皆様にポスター,パンフレットの配布をお願いすることがあ
るかもしれませんが,その際にはどうぞよろしくお願いします.
来年のACL主催の国際会議の開催状況を考えますと,ヨーロッパでEACL,北米
でNAACL/HLTが開催されるため,1年の間に3つの会議が世界3地域で開催さ
れることになります.EACL,NAACLはローカルな会議であり,ACL2003はグロー
バルな会議なのですが,ヨーロッパ,北米の参加者がそちらの方へ流れる可能
性があります.そうなるとACL2003がアジア中心の会議に変質してしまう可能
性があります.そのようなことの無いように,上記のような宣伝活動を広く行
なっています.また,Workshopの開催についても同様に主としてEACL,NAACL
の方で行なわれる可能性がありますので,こちらの方もACL2003で開催してい
ただけるように関係者の皆様にお願いしている状況ですが,本学会会員の皆様
からも積極的なWorkshopの提案をお願い致します.
また,ACL2002では地元の大学院生を中心に150名もの学生の参加がありました.
これは米国におけるNLPコミュニティーの広さを物語っています.ACL2003にお
いても,本学会学生会員の皆さんを中心に同程度の参加を目指しています.こ
のようなハイレベルの国際会議に国内で参加できる機会は非常に少ないと思い
ますので,学生の皆さんの積極的な参加をお願いします.Student sessionも
ありますので,そちらの方への投稿もお願いします.また,ACL2002でも行な
われましたが,ACL2003でもデモセッションを設ける予定です.論文投稿の締
切は2003年1月下旬を予定しています.会議の成否は参加者数の多さが一つの
重要な要因となります.多くの本学会会員の皆様の参加をお願いします.
なお,ACL2003に関するWEBサイトは http://www.ec-inc.co.jp/ACL2003/ にあ
りますのでこちらもご覧下さい.
荒木健治(ACL2003 Local Organizing Committee委員長・北海道大学)
会議開催案内
□2002 NTT-Stanford Workshop on Concept and Language Process
日本電信電話(株) NTT コミュニケーション科学基礎研究所は,言語と概念
処理技術に関するワークショップを以下の通り開催します.
今回は,スタンフォード大学CSLI(言語情報研究所)との共同研究の成果を中
心として,招待講演も含めた2日間の発表が行われます.また,国立国語研
究所の前川先生,通信総合研究所の井佐原氏他の招待講演を予定しておりま
す.ふるってご参加くださいますよう,ご案内いたします.